残業レコード

あるサラリーマンライダーの栄光と苦悩の記録

青空

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九月の連休前の金曜日、地下鉄の終電に揺られて僕はいつものように家路につく。デスクワークの多い僕も、さすがに週末になると疲労がたまる。黙々と作業に集中できればまだマシなのだが、どうやら僕らが働いて生きていくためには、空気を読んだり、我慢をしたり、どれだけ煩わしくても人と関わり、繋がり続けていなければならないらしい。

今思えば、僕がバイクに乗ろうと思ったのは、そんな繋がりから逃れられるような気がしたからかもしれない。事実、山を縫うワインディングを駆け抜ける興奮や、辿り着いた見知らぬ景色の恍惚は、奴隷のように働く僕をいつだって開放してくれた。

そんなことを考えながらうとうとしていると、駅員が僕に終点だと大きな声で呼びかけていることに気が付いた。いつの間にか最寄りの駅についていたようである。

いつからか寝酒をする癖がついてしまった僕は、帰りがどんなに遅くなっても駅前のコンビニに立ち寄ってビールを購入するのが平日の日課になってしまった。ゾンビのようにセブンイレブンの奥のアルコールコーナーに向かう途中、雑誌の陳列棚でとんでもない光景を目にした。

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ない。全然ない。ヤングジャンプの表紙を飾る柏木由紀さんの写真、その鋭角なVラインからは全くと言っていいほど体毛の存在が感じられない。やりやがった。これは完全にパイパンである。健康的な肌色が疲れた体に染み込んでいくような気がした。

AKB48の第三期生だという柏木由紀さん。キャッチフレーズは「寝ても覚めてもゆきりんワールド夢中にさせちゃうぞ」だそうだ。なるほど確かに僕の頭の中のパイパンの残像は寝ても覚めても消えそうにない。「ゆきりん」というのはファンの中での愛称らしいが、暴力的なVラインに対してその愛称は少しばかり可愛らしすぎる気がする。ここはひとつ、厳粛に苗字を利用して「かっしーさん」と呼ぶのが妥当なのではないだろうか。

腹毛、チン毛、ケツ毛、その全てが繋がっている僕には、かっしーさんのVラインはとても眩しく、そして異様にさえ見えた。人間関係のようにまとわりついてうっとおしい体毛を、かっしーさんはスパッと断ち切りたくなってしまったのだろう。

◆◆◆

連休は兼ねてからツーリングに行くことを決めていた。せっかくなのでRIDEMATE*1で募集をかけてみると、急ではあったものの、何人か参加してくれることになった。実を言うと、マスツーリングを主催するのは今回が初めての経験だったので、すこしばかり緊張する。

ツーリング当日の午前9時、御在所SAにて管理人さん、k_ohkuwaさん、しどびしゃすさんと集合である。平日はいつもギリギリに出社する僕も、ツーリングとなれば話は別である。随分と早く到着してしまったものの、3人は既に到着していた。

実はこの日、僕は新しいギアを用意していた。

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バイクに乗りながらaikoを聞くために開発されたマシーンである。切ない歌を楽しく歌うaiko、不安定にも聞こえるその独特な揺れる音程は、僕の心をいつまでもつかんでやまない。

通称インカムと呼ばれるこのマシーン、なんとaikoを聴く以外にもインカム同士を繋ぐことでバイクに乗りながら会話をすることができるという機能を有している。すごい。

同じ機種の管理人さん、しどびしゃすさんとさっそく繋いで御在所SAを出発する。ヘルメットの中で人の会話が聞こえるのは不思議な感覚である。みんなインカムでいつも何を話しているのかと思えば、管理人さんとしどびしゃすさんは基本的に性風俗の情報交換をしているようである。意外と性風俗にうとい僕にはとても勉強になる内容だ。

関西方面の性風俗情報に話題が移った頃、休憩場所の安濃SAにたどり着いた。ここで初対面となるかっしーさんと合流する手はずである。少し早く着きすぎてしまい、4人で唐揚げを食べていると、かっしーさんから到着したとの連絡が入った。

唐揚げを食べながらあたりを探していると、それらしき人を発見。声をかけてみるとやはりかっしーさんだ。モノトーンの洋服を身をまとったお洒落な好青年である。ひょっとしたらパイパンかもしれない。

初対面なのでパイパンかどうかは尋ねることはできなかったが、軽めに挨拶して出発である。かっしーさんのシルバーのCBR250RR、フルエキのAKRAPOVICマフラーからは気持ちの良いエキゾーストノートが唸りを上げる。250フルカウルスポーツの中でも存在感のある通称ニダボ、やっぱりカッコいいバイクだ。

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◆◆◆

連休の中日ということもあり、この日は終始渋滞に巻き込まれるツーリングだった。あまり走り自体を楽しむことはできなかったものの、天気には恵まれ、朝熊展望台やパールロードからは絶景を望むことができた。

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◆◆◆

渋滞に巻き込まれ、のんびり走る車に多少いらいらしながらも、一応の目的地として設定していた大王崎灯台にたどり着いた。勾配の強い坂道や石垣、絶壁から海を見下ろす灯台など、どことなくエモーショナルなロケーションが古くから絵描きを惹きつけてやまないらしく「絵描きの町」として知られている。

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数年前、仕事で志摩市に住んでいた頃、慣れない業務に疲弊した僕がドライブに来て印象的だった場所でもある。あのとき一人寂しくやってきた場所に、みんなんで訪れるというのも感慨深いものである。

静かな街で耳をすませば灯台の建つ絶壁にぶつかって砕けた波の音がかすかに聞こえる。

気が付けばもう夕方が近い。少しばかり休憩をして、僕らは岐路につくことにした。

当時ここを訪れた時も今日と同じ雲一つない青空が広がっていた。あの時、孤独に歪んで見えていたはずの灯台は、僕たちの旅路をやさしく見守ってくれているように見えた。僕たちの認識している世界はとても曖昧で、同じはずの景色であっても、その時々の感情で簡単に見え方が変わってしまうのかもしれない。

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◆◆◆

スピードを出して振り切ろうとしたはずだった。僕をいらつかせる全てのものを置いていこうとして、うつむいたままアクセルを回した。スピードに慣れて顔を上げると、同じスピードで走ってくれる人がいることに気が付いた。面倒だなと切り捨てたはずの繋がりは、本当は僕が心底欲していたものなのかもしれない。

ヤエーやSNS、ミーティング、マスツーリング、インカム。どれも少し前の僕には縁のなかったものだ。なんなら無駄なものだとさえ思っていた。

バイクでの繋がりであっても、時には煩わしく思ってしまうこともある。それでも人は人との繋がりに希望を捨てられないでいる。ムダ毛のように一度そり落としても、何度も何度も生えてくるのだ。

家に帰ると連休前に買ったヤングジャンプが無造作に放り投げられていた。「たまにはムダ毛も悪くないよ」と、表紙の柏木由紀さんに僕は話しかけた。返事こそなかったが、つけっ放しだったインカムからはかすかにaikoの歌が聞こえた。

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*1:バイク乗り専用コミュニティサイト
ride-mate.com