残業レコード

あるサラリーマンライダーの栄光と苦悩の記録

十二進法の夕景

12月

12月24日、この日僕のもとに新しい(と言っても中古の)クルマが納車された。タイミングがクリスマスイブの日になってしまったのは偶然なのだが、自分自身へのクリスマスプレゼントということになってしまってちょっと恥ずかしい。健やかなる独身中年男性はプレゼントをあげる側も受け取る側も自分一人でこなさなければならないので大忙しである。

ABRTH 124 spider、マツダのNDロードスターをベースに、1.4Lターボエンジンをのせ、ネオクラシックな外装に身を包んだFRスポーツだ。

以前、街で走っているのを見かけて以来、迫力のあるデザインと下品なエキゾーストノートに憧れていた車である。2020年に生産終了して以来、中古価格が高止まりしているが、乗れるうちに乗っておこうと思い購入に至った。

マフラーはレコード・モンツァという純正オプション品の付いた車両を探して選んだ。車検に通るのが不思議なくらいの音量で、バラついた下品な音を鳴らしてくれる。

内装はかなりロードスターなのだが、ドライバーファーストな操作系の配置と低い着座位置に興奮を覚える。(そもそもロードスターが素晴らしいのだ。)眼下に広がるパワーバルジを模したボンネットの隆起も、もはやインテリアの一部と言っていいだろう。

走り出してみるとはじめてのFRのコーナリングの気持ち良さに感動を覚える。ホントのことを言うと、この気持ちよさがFRであることによるものなのか、それともロードスターの設計によるものなのか、はたまたアバルトの味付けの恩恵なのか・・・乗ったことのある車種が少ない僕には判断がつかなかったが、とにかく楽しいことだけははっきりと認識できる。

こんな時代にこんなクルマを作ってくれたマツダFCAに感謝である。

久しぶりのマニュアルシフトと思ったより小さい低速トルクに翻弄され、ディーラーの駐車場から出る前にエンストをかましてしまった。

深呼吸して顔を上げると、下取りに出したチンクエチェントが、いつもと同じ笑ったようなフロントフェイスで僕を見守っている。最後の最後に不甲斐ない姿を見られてしまった。

5年の間お世話になったチンクエチェント。どんな人に引き継がれるのか分からないけど、きっと僕の次の誰かを、いろんな場所へと連れて行ってくれることだろう。


11月

クルマを乗り換える前にチンクで最後のドライブに出掛けることにした。行き先は三重県の伊勢志摩。チンクを買った時に住んでいた場所だ。

高速で伊勢西ICまでワープして、まずは伊勢志摩スカイラインを走る。久しぶりに来て知ったのだが、伊勢志摩スカイラインは12月から名前が変わってしまうらしい。日産自動車ネーミングライツを獲得し、伊勢志摩e-POWER ROADという名前になるそうだ。なんだか今っぽくて新しい匂いのする名前だ。

僕はネーミングライツというものが、名前に価値を見出している割に、慣れ親しんだ名前を奪い、またすぐに変わってしまったりして、名前を軽視しているようであんまり好きになれないのだが・・・やはり施設や場所を維持管理していくためには有効な手段のようだ。こうなったら、どんなに名前を変えてでも、次の世代にこの楽しい道を引き継いでいって欲しいものである。

ちなみにこれは有識者の方に教えてもらった情報なのだが、AV女優さんの名前が急に変わったりするのは所属事務所を移籍すると権利関係のなんやかんやで移籍前の名前が使えなくなってしまうことが原因らしい。出演作を調べる際などに手間がかかるので、できれば前の名前を引き継いで欲しいし、その方が前後双方の事務所も得をしそうなものだけど、まぁ色々と事情があるのだろう。

さて、この日はせっかくなので車の写真を残しておこうと思い、いつか買ったままほったらかしになっていたカメラを持ってきた。

PENTAX SPFというフィルム一眼。何十年も前に作られたものだけど、機構がシンプルなので未だにちゃんと動く。僕の前に何人の人の手に渡ったのか定かではないが、ボディに刻まれた無数の小傷がその歴史を感じさせる。

内臓の露出計がちゃんと合っているのか不安であったものの、それなりに使えていたようで、思った以上に鮮明に写してくれていた。ピントや絞り、シャッター速度をマニュアルで合わせる作業は、なかなか楽しいものである。

可愛い。まるで坂道みるさん(現在はmiruさん)のような白さである。

正式名称は忘れてしまったが、ちょっとパールっぽいホワイトを選んだので、光の当たり加減によって深みのある艶を出してくれる。夕焼け時なんかは特に綺麗だ。

内装はプラスチッキー、と言ってしまえばそれまでなのだが、タコメータースピードメーターを同心円上に配置した単眼風メーターや、外装と連続性のある丸みと艶感のあるインパネは、NUOVA 500をモチーフにしながらもこの車のために改めてデザインされた特別感が感じられて嬉しい。

伊勢志摩スカイラインを降りたら、鳥羽から志摩をつなぐパールロードを走る。山と海の混じる景色、とアップダウン、そして適度なワインディング。相変わらず気持ちの良い道である。

少し寒いが窓を思い切り開けて、ツインエアエンジンのパタパタと鳴る音を耳に刻む。

パールロードを抜けたら、何年かぶりに横山展望台に登ってみる。ここから見られる入り組んだ半島と小さな島々が連なる景色は、志摩市ならではのもの。所謂リアス式海岸なのだが、地理の教科書で見たゴツゴツと険しい写真と違って、志摩市のそれは丸く柔らかな広がりを見せる。

横山展望台は僕が志摩市を引っ越してからリニューアルされていたようで、ちょっと雰囲気が変わっていた。大きな展望デッキとカフェが整備され、以前よりもさらに素晴らしい場所になっている。

景色を眺めてのんびりしていると、いい時間になってしまった。名残惜しいが、そろそろ帰る時間である。帰ったら明日の仕事に備えて、坂道みるさんの新作でも鑑賞することにしよう。


10月

入院していた母方の叔母が退院して自宅療養になったというので、両親と祖母とともに会いに行くことになった。コロナ禍もあってしばらく顔を見ていないが、小さい頃からお世話になっていた親戚である。

むかし歯医者で働いていた叔母が、幼い僕に歯磨きの仕方を教えてくれたことを思い出す。そのおかげか、高校以来、僕は歯医者のお世話になっていないのだ。

バイクで実家に前乗りし、父の運転で朝から出掛ける。車の中では、叔父と叔母が結婚する前、バイク乗りだった叔父が叔母をタンデムして祖父母の家に現れ、祖父が激怒したというエピソードを教えてもらったりした。

叔父と叔母の家に着き、叔父に案内されて2階に上がる。

ベットで横になっていた叔母を見た瞬間、僕と父は、叔母の命がもうあまり長くないことを悟った。強い薬に蝕まれているのが分かった。

母と祖母は叔母の手を握り、まだ力があるからきっと良くなるね、と自分達に言い聞かせるように何度も言った。

帰り際、見送りに出てきてくれた叔父が、あと一週間ももたないだろうということを、祖母に聞こえないよう小さい声で教えてくれた。

帰りの車の中での母は意外と元気に見えた。歳を重ねる中で何かを失うことに慣れてしまったのか、それとも無理をしているのか、僕にはよく分からないまま、眩しい西日に景色が霞んだ。

家に戻ると、母がカレンダーの前で何度も足を止めていることに気がついた。どれだけ見ても変わるはずないのに、一週間後の日付をじっと見つめていた。

その横顔が、元気だった頃の叔母とよく似ていて、僕はいつか来るもっと先の日を想像してしまった。

それから一週間より少し後、叔母が亡くなったと知らせがあった。

1月

帰省して寝正月を過ごす。東京に引っ越した弟がいつになくお土産をたくさん買ってきていて、僕にはDUCATI 916の1/12スケールのプラモデルが用意されていた。「ありがとう!このバイク好きなんだよ!」と喜んで受け取ったものの、よくよく考えてみると随分舐められているような気がする。

誰かからもらった何かを、形を変えてまた別の誰かに渡す。幼い頃にプレゼントを貰った子供が、いつしか誰かのサンタクロースになるように、人はそこに宿った祈りや呪詛を継承するための装置でありさえすればよくて、それ以上には何の役割もないのかもしれない。

雑煮を食べ終わってテレビを付けると箱根駅伝が始まっていた。5区の山登りまでだらだらと見ていたいところであるものの、今年は弟が婚約者を連れて帰ってきた一方で、兄の僕が派手な車で帰省したもんだから、実家なのにかなりアウェイな空気感である。マツダ車だと言っているのに、全然信じてもらえない。これはぼちぼち帰るのが正解だろう。

いつもと同じように歯を磨き、傷だらけのカメラを鞄に入れて、中古で買ったクルマのエンジンをかける。なんだか僕は受け取ってばかりだな。

誰かに襷を渡すその時まで、貰ったものを大事にとっておこうと決意して、なんやかんや見送りに出てくれたみんなに大きく手を振りながら、まだ慣れないマニュアルシフトと小さい低速トルクに翻弄され、華麗なエンストを披露して見せたのだ。

The Ochinchin of September

◆◆◆

今年も早いもので、あっという間に夏が終わり、バイクシーズンが始まろうとしていた。僕のバイクは9月が車検なので、ツーリング云々の前に、まずはそちらを済ませなければなるまい。

そんなわけで、少し前に車検のためにいつものバイク屋さんにバイク預けていたのだが、車検が無事に終わったようなので、この日は引き取りに出掛けた。

車検ついでのオイル・フルード交換とともに、今回はタイヤ交換をお願いしていた。カウルにミシュランのステッカーを貼っているためミシュラン縛りで探したところ、車両が古いこともあり、指定サイズに適合するものがかなり少なくなってきているようだ。メーカー指定のサイズから変えたくなかったので、これまでも履いていたpilot power 2CTをリピートすることにした。2006年から販売され続けているスポーツラジアル界のシーラカンスである。

見慣れたパターンも新品だと何故だか格好良く見えてくる。なんだか気分が良いので、車両を引き取ったその足で、少しばかり岐阜方面を走ってみる。曲がりやすくなったりしないかなんて少し期待してたけど、リピートなので良くも悪くも違いは感じない。

ひとしきり走った帰り道の途中、洗車用の洗剤が切らしていたことを思い出し、ライコランド小牧店に寄り道していくことにした。

お店に入ると、なんとマルク・マルケスのレザースーツが展示されていた。白地に橙のレプソルカラーがやっぱりカッコいい。

そういえば、ライコランド小牧店では数ヶ月前に中上選手のトークイベントを実施してくれたりもしていた。もちろん僕も参加して、中上選手と写真を撮らせてもらった。

今年はコロナ禍前の2019年以来、3年ぶりに鈴鹿8耐が開催されたが、同じく3年ぶりにMotoGP日本GPが栃木にあるモビリティリゾートもてぎで開催される。残念ながら9月末は仕事が立て込んでいるため、遠い栃木まで行くことはできない見込みだ。

現地まで行けなくとも応援はしたいものである。ここはひとつ、日本人ライダー達が活躍するよう神頼みでもしておくというのはどうだろうか。

ちょっと前に8耐のホンダ優勝祈願にライコランドの近くの間々観音というおっぱいを崇める狂ったお寺を訪れたが・・・

今回はせっかくなので、別のパワースポットを探してみることにする。僕がいつでもおっぱいを求めていると思ったら大間違いである。

前回は寺なので今回は神社にしようと、GoogleMapで近場の神社を調べてみると、間々観音と逆方向にある「田縣神社」という場所がヒットした。堅実そうな名前で好印象だ。夕方も近づいており、あまり迷っている時間もないため、田縣神社に行ってみることにした。

◆◆◆

さて、あっという間に到着である。ライコランドから5分程度の距離感。大きな鳥居が目印で簡単に見つけることができた。駐車場もかなり広く、結構有名な神社のようだ。鳥居をくぐると見えてくる拝殿もかなり荘厳な建物で、ご利益がありそうな気配をひしひしと感じる。やっぱ神社はこうでなくちゃね。

チンコである。なるほどね。AV風に言えばおちんちんだ。

この神社、木彫りのチンコやチンコっぽい石が至る所に祀ってある。奥宮に飾ってあるやつなんかはカリの部分の作り込みがかなりリアルである。

一体全体なんでこんなことになっちゃったのだろうか。由緒が書かれた看板を読んでみると「母なる大地は、父なる天の恵みにより受胎する」という思想に由来し、なんやかんやでチンコのオブジェを飾っているそうだ。なるほどね。全く頭に入ってこない。

愛知県に住みながら全く認知していなかったのだが、毎年春の豊年祭(木彫りの巨大チンコを神輿で担いで町を練り歩く奇祭)はこの辺ではかなり有名な行事らしい。この日も地元の人たちが結構参拝に来ていて、長く地域の人々から崇敬されてきたであろうことが窺い知ることができる。

とにかく、ありがたい神社であることが分かったので、心を落ち着かせて祈りを捧げよう。お賽銭を入れ、チンコに向かって二礼二拍手一礼をする。

MotoGP日本GPで、日本人ライダーが活躍できますように。あと、何かチンコが気持ち良くなる様な出来事が起こりますように。」

チンコ繋がりで、子孫繁栄や、縁結び、夫婦円満といったご利益もあるらしいので、僕もチンコ繋がりで世界中の夫婦達の幸せを願って、邪な願いを中和しておくことにしよう。

「世界中の夫婦が、どうか幸せでありますように。」

◆◆◆

さて、9月後半になりMotoGP日本グランプリがはじまった。かねてから懸念していた通り、仕事が忙しいものの、土曜日の夕方には週末の目標分がなんとか達成できそうな見込みだ。

ひょっとして土曜の仕事終わりから車を走らせれば、なんとか日曜日の決勝を現地観戦できるんじゃないだろうか。

そんな思いつきの勢いで金曜日に指定席券と駐車券をファミリーマートで購入し、土曜日の仕事も順調に進んだため、急ではあったものの、はじめてのMotoGPを観に行くことにした。

今回僕を夜中の魔境栃木まで連れて行ってくれるのはバイクではなく、こちら。

FIATのチンコ、もといチンクエチェントである。かれこれ5年近く乗っている。写真は今年の正月に弟とドライブに行った時のものだ。

キュートな見た目とターボ付き二気筒という現行車らしからぬエンジンに惹かれて買った、僕にとって初めての車である。

見た目も中身もほとんどノーマルなんだけど、半年ほど前にV-UP16という点火系のチューニングパーツを付けてもらった。鈍感な僕ではっきりと感じられるほどチンコのトルクが太くなり、とっても気持ちいい。あ、チンクであった。失礼。

夜に長い距離を走るのは危ないし、睡眠時間を確保するために駐車場で車中泊をしたいので、今回は車で移動することにしたわけである。土曜日はなんとか18時半には出発したのだが、やはり栃木はなかなかに遠く、モビリティリゾートもてぎに到着する頃には夜中の1時を超えていた。

予定通りチンクで車中泊して翌日の決勝に備える。最近の四角い軽自動車よりも内部空間が狭いため、成人男性が横になるにはかなり無理があったものの、運転の疲れもあったのか、それなりにぐっすり眠ることができた。

◆◆◆

明けて決勝日当日は前日までの不安定な天候が嘘だったかのような快晴。僕以外にも全国各地から集まったモータースポーツファンでご覧の通りサーキットは大賑わいである。

V席というホームストレートから1コーナーまでのコース目前に設営される仮設スタンドの指定席のうち、もっとも1コーナーよりのV1席を購入したのだが、ストレート終わりのブレーキングからのコーナリングでのオーバーテイクが見られる最高の席であった。


ブースを見てまわったり、食事をしたりしているうちに250ccクラスのMoto3決勝が始まった。

Moto3の時点でかなりの迫力で驚く。今シーズン好調の佐々木選手がトップ集団での争いを見せて、見事に3位表彰台を獲得。素晴らしい。

中排気量クラスのMoto2は年間ランキング2位の小椋藍選手がなんといっても注目である。前日の雨の中での予選はイマイチ振るわなかったものの、見事にスタートを決めてじわじわと順位を上げ、なんとそのままトップでチェッカーを受けてしまった。会場も僕も大盛り上がりである。

佐々木選手も小椋選手も僕よりもずいぶんと若いのに、こういった勝負の世界に日常を置いている。想像するだけでも恐ろしいことだ。

そして、ついに始まった大トリのMotoGPクラスは圧巻の迫力。各国を代表するスター選手達がワークスマシンに乗って走っているのを見られるだけでも大満足であるが、その中でも優勝したジャックミラーは圧倒的に速くて、その走りに見惚れてしまった。表彰式で見せたキャラクターもサービス精神旺盛で明るく、この一日で一気にファンになってしまった。

日本勢はフル参戦中の中上選手、ワイルドカードの長島選手、津田選手の3名が参戦していたが、残念ながらかなり残酷な結果となってしまったと言わざるを得ない。長島選手と津田選手は途中リタイア、怪我を負っての中上選手はなんとか完走したもののノーポイントとなり、レースの世界の厳しさをまざまざと見せられた。

それでも、はじめて生で見たMotoGPは大満足の内容であった。来年も是非また来たいものである。

余韻にじっくり浸りたいところであるが、残念ながら明日は仕事である。興奮冷めやらぬまま、熱狂するサーキットを後にして帰路につくことにした。

◆◆◆

連休最終日の夕刻ということもあり、帰り道は大渋滞。何度も渋滞に巻き込まれながらもなんとか足柄サービスエリアにたどり着き、夕食を取ることにした。僕の他にもMotoGPを観に行った帰りであろう、ロッシやマルケスのTシャツを来た人たちがチラホラ休憩している。

ふとiPhoneに目をやると、運転中に珍しく弟から着信が入っていたようだ。気が付かなかったためか、LINEメッセージも来ていた。

なんと、僕がMotoGPに夢中になっている間に弟が婚約していた。一緒に送られてきた写真の中の弟とその彼女は満面の笑みで婚姻届を持っている。スターティンググリッドは僕の方が前だったのに、華麗にオーバーテイクを決められてしまったわけである。

人生はレースと似ている。才能や努力、運、それらをトータルした実力が、残酷なほどに見せつけられる。時には理不尽なこともある。逃げ出したくなることもあるだろう。

それでもレースは続いていく。君が何度も挫折したことも、周りに取り残されそうになったことも、僕は知っている。それでも立ち上がってレースに復帰した君なら、繊細で優しいお前なら、きっと大丈夫。素敵な家族を持つことができるはずだ。

「世界中の夫婦が、どうか幸せでありますように。」

そんな祈りをもう一度捧げながら、チンコ、もとい、おチンクエチェントに乗って、どこまでも続いていきそうなハイウェイを、いつもより少しゆっくりと走り出した。


八月のまるい秘密

今年は2019年以来、実に3年ぶりに鈴鹿8耐が開催されることになった。2019年の8耐をきっかけにモータースポーツ観戦をするようになった僕としては、何としても外せないレースのひとつである。

しかしながら、前回大会では真夏の鈴鹿の暑さでかなり疲れてしまったのも事実である。今回はもう少し暑さ対策を施した上で観戦に臨みたい。

そこで、バイク用品店で見かけて以前から気になっていた冷感アンダーウェアなるものを購入することにした。ツーリングでも使えるし、ひとつ持っておいても損はないはずだ。そんな訳で、ライコランド小牧店までバイクを走らせた。

年末に乗り換えたマシンは初めての水冷エンジン。真夏でも調子良く走ってくれて心強い。

(この写真は別日に友人に撮影してもらったもの)

めんどくさいので細かい説明は省くが、新しいバイクはアプリリアに吸収されて今では無くなってしまったメーカーのパラツインスポーツである。

吹け上がりの良い180度クランクのツインエンジンは約90馬力となかなかのパワー。フロントは国産レプリカを思わせる丸目二眼スタイルで可愛らしい。

重心を下げるために燃料タンクはシート下に設けられており、リアに給油口がある独特なレイアウト。

低い重心は、コンパクトなパラツインエンジンを活かしたホイールベース1375mmという250cc並の車格と相まって、とても取り回しやすいマシンを構成している。イタリアンには珍しいアルミツインスパーフレームは有名なニコ・バッカーの設計(らしい)。

当時のブラックシップ機だったため、なかなか装備も豪華である。オレンジのカラーホイールは名門マルケジーニのアルミ製。ブレーキダストの掃除を小まめにしないとすぐに汚れてしまうものの、かなり目立って格好よく、お気に入りポイントの一つと言える。最近ではヤマハがよくカラーホイールを純正で装備しているけれど、当時としては結構珍しかったんじゃないだろうか。

サスペンションはパイズリみたいな名前のメーカーのもの。正直聞いたことなかったんだけど、90年代のビモータに純正採用されていたメーカーらしいので、きっと良いメーカーに違いない。実際のところ、これまで所有してきたバイクの中で一番動いてくれている感じがする。時に優しく、時に激しく、まるで何か柔らかいものに挟まれているかのようなそんな感覚である。

◆◆◆

さて、ライコランドにて目当ての冷感アンダーウェアを手に入れることができた。選んだのはフリーズテックという商品。

なかなかいい値段がする。これで多少なりとも8耐の暑さが楽になれば良いのだが、まあ、極力薄手の生地で紫外線を防げるだけでも、腕が太陽に焼かれない分マシだろう。

ここで、鈴鹿8耐に話を戻すことにする。モータースポーツはホンダを応援している僕であるが、最近のホンダはmotoGPSBKでかなり苦戦しており、残念なレースが多いのが事実だ。

8耐事前テストでは好調なタイムを残しているものの、何が起こるかわからないのが長丁場の耐久レースというものである。

微力ながら僕も力になりたいので、ちょっとお祈りでもしておこうかと思い、ライコランド小牧店からほど近くにある「間々観音」という小牧山の麓にあるお寺に立ち寄ることにした。

(お寺の横には結構大きな駐車場が用意されているのでとても便利である。)

なかなか立派なお寺じゃないの、なんて思いながら、軽い気持ちで境内に入った僕を待ち受けていたのは、それはそれはとんでもない光景であった。





おっぱいである。なるほどね。(おっぱいは人が近づくと乳首から水が発射されるシステムを採用している。)


絵馬にもおっぱいが貼り付いている。小4にしてブラインドタッチを身に着けていた伊東君が愛用していたマウスパッドを思い出す。たしかこんなんだった。

いったいなんでこんなことになっているのかと調べてみたところ、間々観音はどうやら安産や子育てに御利益のあるお寺らしい。大昔、貧しくて母乳の出なくなってしまった母親に、とんでもない量の母乳を出させることに成功したというイカれた実績を持っているそうな。

さらにこの間々観音、おっぱいのついでに何故だか交通安全の御利益もあるようである。おっぱいとバイク、丸いものが二つ並んでれば興奮できる僕たちライダーにはうってつけのパワースポットである。

HRCが優勝できますように。今年も交通安全にバイクに乗れますように。あと、良きおっぱいに出会えますように。」

そんなささやかな祈りを捧げ、パイズリサスのマシンに跨り間々観音を後にした。

◆◆◆

8耐のレースウィークがやってきた。平日から予選は始まっているが仕事で忙しかったので、土曜日から鈴鹿に乗り込む。金曜日までの予選10位以内のチームのライダーが一人づつコースに出てタイムアタックを行うという8耐名物、トップ10トライアルを是非見てみたい。このトップ10トライアル、2019年には台風の影響で中止になってしまっていた。

トップ10トライアルの時間までには結構余裕があったので、各社のブースを見て回ったりする。特に歴代8耐優勝マシンの展示は見応え充分で、人だかりができていた。ヘッドライトによって生まれる表情、ちょっと大きめのタンク、耐久レーサーってやっぱりかっこいい。



他のブースをまわったり、食事をとっているうちに、トップ10トライアルの時間となったが、結局、雨や練習走行時のクラッシュの影響で中止になってしまった。その代わりに、トップ10チームのライダーが一斉にコースに出てタイムアタックを行う計時予選が実施された。計時予選ではHRC長嶋哲太の2分4秒台のアタック、それに迫るカワサキジョナサン・レイの走りを見られたので、なんやかんやで大満足の予選であった。

また、この日はもう一つ楽しみにしていたことがある。そう、ピットウォークである。実は2019年はピットウォークに参加しそびれてしまったのが心残りだったのだが、今年は予選後の夜に実施されるナイトピットウォークなるものに参加してきた。ナイトピットウォークは他の時間帯のピットウォークと異なり、観戦券だけ持っていれば入れるので、気軽に参加することができる。

各チーム渾身のマシンやピットの雰囲気を間近で見られて、翌日の決勝に向けて胸が高鳴る。

チームによってはレースクイーンさんがバイクの傍に立ってくれているので、こちらも注目しておきたいところである。

写りが悪くて申し訳ないのだが、とんでもなく顔が小さく手足が長い。本当に僕と同じカテゴリーの生き物なのだろうか。

さらに・・・。

おっぱいの下1/3がはみ出てしまっている。スゴい、これが下乳ってやつか。長島哲太もジョナサン・レイもカッコ良かったけど、今年の僕のポールポジションは完全にこの下乳に決定である。素晴らしい。

先日の間々観音での祈りが通じたとしか思えない。

観音様、ありがとう。

そんな下乳の興奮冷めやらぬまま、コースの写真など撮りつつそろそろ引き上げようとしたときのことだった。

初開催の1978年から隠し続けられていた鈴鹿8耐のとある秘密に、僕は辿りついてしまったのだ。





完全におっぱいである。そう、8耐っておっぱいだったんだ。なるほどね。(暑さのせいか、3の方が圧倒的におっぱいであることに、この時の僕は全く気が付いていない。)

あのレースクイーンさんの下乳、それは偶然なんかじゃなく必然だったってこと。あの広いサーキットの上でそれに気が付いていたのは、きっと僕だけだったはずだ。

「こりゃあ明日の決勝は一波乱起きそうですな。」

夏の夜空にそう呟いて、僕はサーキットを後にした。

◆◆◆

翌日の決勝は応援していたHRCが序盤からトップをキープしてブッチギリの優勝。moto2でシートを失い、走る場所を失った長島哲太選手の焦燥や悔しさ、そんな想いが形になった輝かしい瞬間だった。長島選手にはまだまだ現役で走り続けて欲しいものである。

その他にも、多くの見所があった中、特に印象深かったのはヨシムラスズキの大逆転劇であった。スズキのEWC撤退が発表されたことにより、今年で最後となるかもしれないヨシムラスズキはチームメンバーのコロナ感染や怪我により二人体制でレースに挑んでいた。

予選ではただでさえ不利な二人体制に加えて悪天候のタイミングが災いしてまさかの22位。しかしながら、決勝では驚異のスタートダッシュと、様々な耐久レースを走り抜いてきた堅実な走りで、最終的に3位表彰台を獲得してしまったのだ。全日本選手権でも応援しているヨシムラスズキの渡辺一樹選手が表彰台に上がる姿が見られて嬉しくなってしまった。

そんなこんなで、3年ぶりの鈴鹿8耐はやっぱり面白かった。見てるだけでも非常に疲れる8時間であるが、それに見合う興奮と熱気が、あのコースには立ち込めている。

来年はいったいどんなレースになるだろうか。

予想は全然できないけど、間違いなく沢山のドラマを真夏の鈴鹿にもたらしてくれるに違いない。そんな期待に、僕は今から胸が、いやおっぱいが膨らむのであった。

フューエル・ワン

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本とは、ぼくらの内の氷結した海を砕く斧でなければならない。

フランツ・カフカ

自分の価値観や景色を変えてしまう、そんな本に出会うことがある。きっとそれは人生の中でも数えるほどしかなくて、そんな瞬間に出会うために、僕たちは何度でもページをめくるのだろう。

 

◆◆◆

 

今年の冬は随分と寒い。僕の住む街も例年に比べて雪がよく降り、ツーリングやドライブにも気軽に出かけられない日が多い。

そんな日の僕は決まって読書をする。本はいつだって、さっきまで家の中にいたはずの僕を、知らない世界の過去と未来に連れ出してくれる。

雪の降る週末がしばらく続いて、家にストックしていた未読本が尽きてしまった。仕方がないので、ゴツいソールのブーツを履いて、近所の本屋に行くことにした。

これまでの価値観を変えてしまうような良書と巡り合うのは、インターネットよりも本屋であることが多い。amazonのレコメンドシステムはたしかに便利だけど、自分の興味の外側から接触してくるようなフィジカルな感覚はやはり捨てがたい。

静かな空間にインクと紙の匂いが立ち込める。所狭しと並ぶ本の外装は異なったデザインやテクスチャで僕の視界を一瞬で鮮やかに変える。

そんな中、ふと一冊の本が僕の目に留まった。まるで、僕に見つけられるのをそこでずっと待っていたかのように、その本はひっそりとたたずんでいた。

「ギャルズパラダイス 日本レースクイーン 大賞 特集」

これだよこれ、こんな本を待ってたんだよ。

なんとこの本、総勢100名のレースクイーンが紹介されている。まさか、こんな素敵な本が世の中に存在しているなんて。モータースポーツ観戦の必需品と言っても過言ではないかもしれない。まったく、これだから読書はやめられないぜ。

100名の紹介ページも、卒業式みたいな小さい写真ではなく、1人づつの全身写真が掲載されており、レースクイーンの皆さんの圧倒的なスタイルと可憐な衣装を堪能することができる。

最近のマイブームや好きな男性のタイプなんかに加え、なんと3サイズまで掲載されている。活字中毒の僕も唸る圧倒的情報量だ。

こうしてじっくりと見てみると、チームやスポンサーによって衣装にも色々な違いがあることが分かる。個人的にはWAKO'Sのエナメルっぽいテカリのある生地感が好みで、僕のフューエル・ワンも大暴れって感じである。

さらにこの本、付録でレースクイーンの写真入り日めくりカレンダーがついてくる。こちらはハサミ・パンチ等を使って自作するDIYスタイルを採用している。雨や雪の日の図画工作に持ってこいである。

弾ける笑顔がなんとも眩しい。毎朝、カレンダーをめくるたびに、僕のフューエル・ワンも大喜びするに違いない。

 

◆◆◆

 

若者の読書離れが叫ばれて久しい。

インターネットは断片的なテキストや画像と言った短い情報で世界を繋いだけれど、平面的に広がるばかりが世界ではなく、深く探究していく奥行きもあって然るべきだ。

まずは簡単なものからでもいい。なんなら、レースクイーンのスリーサイズくらいの情報しか読む部分がなくたって構わない。

いつか、あなたのうちなる凍ったフューエルワンを叩き割ってくれるような、そんな出逢いがきっとあるから。

ゴロゴロアンカーを自作した話

最近、実家に帰ると若い頃の母方の祖父に似てきたと言われる。昔の祖父を見たことないからピンとこないんだけど、小さい頃の僕はかなりのおじいちゃん子だったから、そう言われて悪い気はしない。

「ねえ、じいちゃん。どうしたらじいちゃんみたいにかっこよくなれるの?」

「なんだ、おれみたいになりたいのか。そうだなあ。正直に生きることだな。自分に対しても人に対しても。」

物知りな祖父は幼かった頃の僕に色々なことを教えてくれた。今思えば、子供に対して結構難しいことも言ってた気がする。

もう何年も前に祖父は亡くなったが、若い頃には今の僕みたいにバイクに乗っていたらしい。だけど、ある日盗まれてしまったらしく、それっきり乗らなくなってしまったそうだ。

そんな話もあって、僕がバイクを購入したときには盗難対策について真剣に考えた。

盗難対策として最も有効な手法の一つに地球ロックと呼ばれるものがある。ガレージや庭の土間床のコンクリートにアンカーを仕込んで、そこにバイクを繋ぎ止めるというものだ。

ただ、会社の寮に住んでいる僕には駐車場の床を一度破壊してアンカーを埋め込む訳にはいかない。そこで、地球ロックほどではないが、効果の大きい対策として以下のようなものを見つけた。

コンクリートの塊にアンカーを仕込んでそれにバイクを繋ぐという商品だ。プロの窃盗団に対しては効果は薄いかもしれないが、抑止力にはなるだろうし、何も対策を取らないよりずっと気持ちが楽になるはずだ。

ひとつ問題なのはその価格である。正直、バイクを買ったばかりで貯金を使い果たした僕には到底手が出せる代物ではなかった。

どうしたものかと悩んでいると、むかし祖父と一緒に祖父の家の玄関前に土間コンクリートを打設したことを思い出した。

「ねえ、じいちゃん。じいちゃんはなんで何でも自分で作ろうとするの?」

「おれの小さい頃には自分の欲しいものは自分で作るしかなかった。貧しかったからな。だけど、自分で作ることで覚えたことがいっぱいあるんだよ。」

買えないなら作ればいい。僕は、かつて祖父が教えてくれたコンクリートの作り方を思い出しながら、ゴロゴロアンカーを自作することにした。

目次

ゴロゴロアンカーの材料

まず最初にコンクリートを構成する材料は以下の4つである。
①セメントペースト
②細骨材(砂利)
③粗骨材(石ころ)
④水

ちなみに、コンクリートの構成要素から③の粗骨材を抜いたものが、モルタルと呼ばれるものになる。

①〜③はホームセンターで個別に入手することも可能だが、それらの配合のバランスが少し面倒である。最近では既に程よいバランスで混ぜ合わせた商品も売られているので、今回はコレを利用する。

①〜④の材料に加えると望ましいのが「鉄筋」である。鉄筋を仕込んだコンクリートはいわゆる「鉄筋コンクリート」と言われるもので、鉄とコンクリートが互いの弱点を補うことで強度やヒビ割れに対してより有利になるのである。

今回に関してはアンカーをコンクリートに定着させると言う目的にも一躍買ってくれる。

庭の土間床なんかにはメッシュ状に組まれた専用品があるが、加工性に優れた針金で代用することにした。

次に作る上で必要となる道具を揃える。
①型枠(ペール缶)
②コンクリートを練るための容器(デカイバケツ等)
③コンクリートを混ぜるスコップ
④表面を仕上げるコテ

コレらも全てホームセンターで入手可能だ。道具を含めても材料費は数千円程度で済んでおり、本物に比べてかなり経済的だ。

材料が揃ったら、さっそく作業スタートだ。

ゴロゴロアンカーの作り方

まずは針金を組む作業。均等に並べるのがベストだけど、意外と面倒でぐっちゃぐちゃになった。まあ、どうせ隠れるので問題じゃない。「細かいことは気にするな」じいちゃんもたしかそんなこと言ってたような気がする。

アンカーも針金にしっかりと緊結して、簡単に引き抜かないようにしておこう。

組んだ針金はペール缶に固定する。ペール缶と針金がくっつくとそこから錆が出やすくなるので3cm程度の離隔を取ると良いだろう。

次にコンクリートを練る作業だ。コンクリートが固まるのは化学反応なので、材料を均等に混ぜておく必要がある。

カイバケツでよく練ったコンクリートをペール缶の中に詰める。作業に夢中で写真を撮ってないんだけど、セメントが舞い散って周囲が灰色の地獄みたいになる。絶対に外でやるべきだ。

ペール缶に詰める時には、スコップや棒でよくつつくと上手く充填されるはずだ。

ペール缶いっぱいまでコンクリートを詰め込んだら、コテで表面を滑らかにする。これが結構難しい。1日も経てばガッチガチに固まる。

案の定、表面がザラザラになってしまった。もしも、じいちゃんに見せたら笑われてしまうかもしれない。それでも、盗難防止の役割は充分に果たすはずだ。

ここまでの一連の作業は本来外でやるべきである。だけど、会社の同僚にコンクリートを練っている姿を見られたら、きっと変なあだ名とかつけられるので、仕方なく自室で作業を実施した。

その選択が後に大きな事件を引き起こすことになるなんて、この時の僕は予想だにしなかったんだ。

ゴロゴロアンカーの運び方

ものを作るのに夢中で、部屋から運び出す手段を全く考えていなかった。僕は昔から思いつきで行動してしまうところがあるようだ。

僕の部屋からバイクの停めてある駐輪場に行くには、外部通路を通るのが最短ルート。自作のゴロゴロアンカーは約40kgと重い上にかなり持ちづらい形状なため、人のいない夜中を見計らって、ゴロゴロと転がして運ぶことにした。

通路に人影がないことを確認して、ゴロゴロアンカーの移動を始める。思ったよりイージーだ。

ところが、僕の目の前に階段が現れた。

ほんのちょっとした階段なんだけど、この時ばかりは僕の行手を阻む断崖絶壁のように思えたんだ。

一段ずつ、ゆっくり降ろしていくしかない。そうやって細心の注意を払って階段に差し掛かった次の瞬間だった。

コンクリートの塊が持つ位置エネルギーは僕のコントロールをいとも簡単に振り解き、階段を一気に転げ落ちていった。

・・・かなり大きな音を立ててしまった。

少しの間息を止めてじっとしていたが、誰も部屋から出てくる様子はない。とにかく、そのまま急いで駐車場まで転がして行って、なんとかたどり着くことができた。

外部階段破壊事件

翌日、会社に着いてしばらくすると、寮長の先輩社員からこんなメールが届いていた。

完全に僕が昨日コンクリートを落っことした階段である。どうやらあの後、外れてしまったようだ。これはヤバい。

次の日には、老朽化が原因だろうということになって、建物各所の劣化調査を業者に依頼する騒ぎにまで発展してしまった。

そうやって話が大きくなる中、僕は知らん顔をして、ほとぼりが早く冷めるのを祈っていた。しらばっくれようとしたんだ。

居心地の悪い嫌な感じがした。

暗い気分を振り払いたくてバイクに乗った。

何も考えずに何時間も走り続けた。

気が付くと、静岡と長野の県境の町まで来ていた。

昔、祖父が住んでいた家のある町だ。

今はもう誰も住んでいない家に着く。

玄関前のコンクリートはあの日のまま、まだひとつのひび割れも入っていなかった。

「じいちゃん久しぶり。おれも結構大人になったよ。若い時のじいちゃんに顔がそっくりらしいんだけど、どうかな?」

「・・・」

「今日はバイクで来たんだ。じいちゃんも昔乗ってたって言ってたよな。なんてバイクだったっけ?」

「・・・」

「最近さあ、昔教わったやり方でコンクリートを練ったんだよ。ほら、写真見てくれよ。まあ、じいちゃんよりは下手だけど、結構ちゃんとできてるだろ?」

「・・・」

「運んでる時に落っことしちゃってさ、寮の階段壊しちゃったんだ。ははは。笑えるだろ?」

「・・・」

「それで寮の人達に迷惑かけてんだけど、自分がやっちゃったって、言い出せずにいるんだ。」

「・・・」

「かっこ悪いよな。」

「・・・」

「じいちゃん、おれ大事な用事を思い出しちゃった。また来るから、だからその時は昔みたいに色々教えてくれよ。」

翌日、僕は朝一で寮長の先輩の席に向かった。

ビューティフルグッバイ

少し前にオートボーイスーパーというイカした名前のフィルムカメラをメルカリで購入した。ウィーンという巻き上げ音や、シューピーンというフラッシュのチャージ音が賑やかなカメラだ。

フィルムカメラを購入しようと思ったきっかけは、秋の終わりに行ったキャンプツーリングの途中、iPhoneがバイクの振動でぶっ壊れた時に現地で調達した写ルンですが楽しかったから。オートボーイスーパーは、その名の通り自動でピント合わせを行ってくれることを売りにした簡単なカメラ。だけど、40mmF1.9の明るいレンズが付いていて、結構綺麗に写るそうな。(あんまりカメラのことは詳しくない。)

仕事のTODOが増えたせいか、僕の脳みそが少しずつ歳をとってきたせいか、若しくはその両方か、昔と比べて随分と色々なことを忘れてしまうようになった。昨日考えていたことも、さっき見た景色も、何年後かにはすっかりと忘れてしまうだろう。

それはとても勿体ないし、ちょっと寂しい。これまで、僕は日々の出来事を少し長い文章にまとめてから投稿してきたが、これからはもう少し手軽な記録も残していきたいなと思う。

◆◆◆

少し前になるが、オートボーイスーパーを持って、渥美半島にツーリングに行ってきた。愛知県に住むバイク乗りは、冬になると暖かくて凍結の心配の少ない知多半島渥美半島に走りに行く。

渥美半島はいつ行っても少し物足りないから、何が足りないのかを突き止めるために毎年行く。残念ながら今年も見つけることが出来なかったから、来年もまた行くことになるだろう。








実はこれがSS900と行った最後のツーリング。ちょっと面白い車両がお世話になっているお店に入庫したので乗り換えることにした。

インプレと言うほど長く乗ってもいないが、SS900は重心の高さとLツインで前輪荷重が少ないせいなのだろうが、ちゃんと体重移動をしながら乗らないと不安になる感じ。僕の腕では大したことは言えないのだが、時々うまく曲がれると気持ちが良い。

そして、立ち上がりからのVツインのまさに地面を蹴るが如くの加速感は独特で、僕がDUCATIに対してイメージしていた乗り味そのものだった。

ポジションは噂通りきつく、(僕が乗っていたのはスペーサーが入る前のより前傾のきついモデル。)長く乗っていると体が疲れてくる。だけど、跨っただけでちょっとやる気にさせてくれるというか、乗り手を高揚させてくれる。

Vツインの不等間隔爆発と空冷の機械音、乾式クラッチの打刻音の組み合わせは唯一無二で、クラッチカバーをオープンタイプにして楽しんだりもさせてもらった。

半年ほどの付き合いの中で、納車時にトラブルがあった以外は全く故障もなく、DUCATIは壊れやすいという先入観を覆してくれた。たぶん、前のオーナーがちゃんとメンテしていたんだと思う。ちょこちょこと手も入っていたし。

ピエール・テルブランチがデザインしたこのSSは、トラスフレームの見せ方が格好いい。フロント側のトラス下弦材の隠し具合と、リア側でピッチやせいを変えながら跳ね上がっていく様が、トラスを有機的に見せてくれている。バイクに関する力学はよく分からないが、数あるDUCATIのトラスフレームの中でも、一番色っぽいんじゃないだろうか。

セカンドバイクということもあり、今回軽やかに乗り換えを決めたが、お別れとなると寂しいものである。最後にバイク王で写真を撮った。


バイク王の帰り道は最寄りの駅まで歩いて帰る。あまり使ったことのない駅はとても静かで、持ちづらいヘルメットに少し苛つきながら、もう少し騒がしければよかったのになと、自分勝手なことを思った。

Lツインの振動でカメラのイカれたiPhoneにイヤホンを挿して、最近お気に入りの曲を聴きながら、なかなかこない電車を待った。