残業レコード

あるサラリーマンライダーの栄光と苦悩の記録

クリスマス・イブの日はタイヤとグリップを交換しよう

はじめて買った大型バイク、モト・グッチ1100 sportに乗りはじめて1年とちょっとが経つ。

たくさんの道を一緒に走り、いくつもの素晴らしい世界を僕に見せてくれた。

まだまだ走ってみたい場所がたくさんあるし、もっと上手にグッチを乗りこなせるようになりたい。

僕のグッチは20年以上前の車両ということもあり、これからも長く乗り続けようと思うと、定期的なメンテナンスが重要だ。だけど、バイクの扱いに不慣れな僕は、あいにく自力ではオイル交換だとかバルブ交換だとかの簡単なことしか出来ない。

そこで、バイク屋さんに一年点検ということで各所をじっくり見てもらうことにした。色々と気になっていることや聞いてみたいこともあったため良いタイミングだ。

ということで電話でアポを取り、愛知県一宮市のお店に向かう。

相変わらず、レアなバイクが所狭しと並んでおり壮観である。ここらへんでは有名なイタリアン専門店で、まさに百戦錬磨って感じである。

各所を見てもらう中で、タイヤと前後ブレーキパッドが替え時だったので、交換をお願いすることにした。結構費用がかかりそうだけど、自分へのクリスマスプレゼントってとこかな。

あれは僕がまだ大学生の頃だった。ちょうど今と同じ、クリスマスの季節。誰もがそうであるが大学生は勉強などしていない。僕も当時は友達と遊ぶことやサークル、バイトに明け暮れていた。

バイトは求人誌の中で一番うまいまかないを出してくれそうなところを選んだ。大学からは少し離れた個人経営の洋食店だ。なんでも喜んで食べる僕に店長は色々とおいしい料理を作ってくれた。

そのバイト先に、同じくバイトのサオリちゃんと言う女の子がいた。サオリちゃんは僕のひとつ歳下で、僕の大学の近くの短大に通っていた。

バイト中の暇な時間帯には、バイト代の支払いが遅いだの、店長の息が臭いだの、そんな話を二人でしていた。僕の店長disを随分気に入ってくれたようで、仲の良い友達みたいな感覚だったように思う。

そんなサオリちゃんと休日に遊びに行くことになった。飲み会の後で勢いに乗った僕から誘ってみた、いわゆるデート的な感じのやつである。その日も店長の息は臭かったけど、そんなことは心底どうでもよいと思えた。

正直、女の子の扱いに不慣れな僕は、誘ったはいいものの、何をどうしたらいいのかよく分からなかった。うんうん悩んでいると、ある男の存在が僕の頭を、よぎった。そう、百戦錬磨の橋本だ。

百戦錬磨の橋本は僕と同じ学部の同期生だ。持ち前の長身と整った顔立ちを生かして、とにかく百戦錬磨しているとのことで、当時学内にその名を轟かせていた。彼の地元の愛知県一宮市でも有名だったらしく、高校時代から既に錬磨していたようだ。

正直気に食わないけど、背に腹は変えられない。僕は意を決し� ��百戦錬磨の橋本にアドバイスをもらいに行くことにした。

スポーティなハイグリップタイヤに憧れはあるけど、今回はバイク屋さんおすすめのツーリングタイヤDUNLOP ROADSMARTⅢを履くことにした。

単純に新品だからというのもあるかもしれないけど、ROAD SMARTⅢは曲がるきっかけを与えるとタイヤが自然に切れ込んでいく感覚がある。路面からのフィーリングも今のところいい感じで、素人の僕でも曲がりやすくなったとハッキリ感じるほどである。

ゴムは日進月歩で進化していて、ライダーの走り方と相互に影響しながら発展してきている。消耗品と安易に考えるのではなく、路面とバイクとの入出力を担うパーツとしての認識を改めることができた。

現在のバイクのタイヤの主流は17インチであるが、僕のグッチは1サイズ大きいリア18インチのため対応している銘柄が少ない。そんな中、ROADSMARTⅢは18インチもラインナップしてくれていてありがたい限りである。

「とにかくゴムは用意しておけ。いいやつにしろ。」

百戦錬磨の橋本はそう言い放った。

「・・・」

僕としてはもっと手前の話を聞きにきたつもりだったんだけど、確かに大切な話である。

百戦錬磨の橋本に、ゴムなんてどれも同じじゃないのかと聞くと、「馬鹿いっちゃいけない。最近のゴムは日進月歩で進化しているから、国産のいいやつは伝わってくるフィーリングが違う。結局は入出力のロスをいかに少なくするかで決まるんだよ。」と言ってオカモトゼロツー※を紹介してくれた。

なるほど、と僕は舌を巻いた。こういった理知的な側面こそが、橋本を百戦錬磨たらしめているゆえんなのかもしれない。

橋本は人よりもひとまわりあそこがデカいらしいんだけど、オカモトはLサイズもラインナップしてくれていてありがたい、とも豪語していた。

※薄さ0.02mm台を売りにしたオカモト社の避妊具。今はオカモトゼロワンとう商品も出ている。

タイヤ意外にも気になっている部分があった。グリップである。アクセル側グリップの接着が剥がれてアクセルを捻ると一緒にちょっとずつ共周りしてしまう。アクセル開度の大きくなる高速なんかでは地味に疲れるし、グリップ自体も古くくたびれてきていたため交換することにした。

せっかくなのでオープンしたてのバイク用品店にグリップを探しに行く。2階建の店内にぎっちりバイク用品が並んでおりなかなかの品揃えである。グリップに関しても結構な種類が陳列されていた。そんな中で目に留まったdominoのグリップを購入して帰ることにした。

ドミノなんてお茶目な名前をしているが、カラーリングも多いうえに、レーシングタイプ、ストリートタイプ、ツーリングタイプからユーザーの用途に合ったものを選択することができる。二重構造で耐震性と柔軟性を両立しており、バイクレース界のF1であるMotoGPでも使われているようだ。

とにかくこのdomino のグリップ、グリップ交換の定番品と言っても過言ではないだろう。最初なので定番に従っておけば間違いない。

デートはレンタカーでドライブをすることにした。若くして車を所有していた百戦錬磨の橋本いわく「金華山の夜景が定番」ということだったので、岐阜方面に行って帰りに金華山の夜景を見るコースにした。定番にはやはり定番の良さがある。

金華山はロープウェイもあるんだけど金華山ドライブウェイという道もあって展望公園まで車で登ることができる。

だが、この金華山ドライブウェイ、道幅が結構狭くて路面もあまりよろしくない。助手席のサオリちゃんも「いったいどこに連れてく気なの」みたいな顔をしている。

ただ、ひとたび展望公園にたどり着けば、そこからは岐阜市街を一望する素晴らしい夜景が約束されている。金華山岐阜市から山間部に移る境界に位置しているため、眺望を遮るものは何もない。

12月の透明な空気が岐阜の街を優しく包む。予想以上の夜景に僕もサオリちゃんも興奮気味である。こんなに美しい夜を届けてくれたサンタクロースに、いや百戦錬磨の橋本にありがとうと伝えたい気分だった。

名古屋に帰る車の中、FMラジオから僕の好きなバンドのクリスマスソングが流れはじめた。

金華山の夜景で昂った感情はまるでドミノ倒しのように連鎖して、気がつくと僕とサオリちゃんは、22号線沿いのホテルに来ていた。

グリップ交換の手順など、百戦錬磨の皆さんには今更紹介するまでもないとは思うが、せっかくなので紹介する。

まずは古いグリップを外さなければならない。六角でバーエンドウェイトを外すと、アクセル側はボンドが剥がれていたため比較的簡単に外れた。

しかし、クラッチ側はしっかり接着されておりそうもいかない。そんな時にはパーツクリーナーのノズルをグリップとハンドルバーの間に突き刺した状態から噴射する。こうすることで少しずつボンドが剥がれてグリップが動くようになる。

(写真はアクセル側)

なんだか痛々しい写真だが容赦はいらない。

古いグリップが外れたらバー側にボンドを塗り伸ばしてすかさずグリップを差し込む。思ったよりもきつく、ただ押し込むだけでは入りそうもない。

ねじりながら押し込んでみるものの、途中で完全に動かなくなってしまった。簡単な作業といえど、はじめてだとうまくいかないものである。

入らなかった。

皆さんご存知かと思うが、入り口は結構狭くなっているケースがある。こんなに狭いなんて聞いてないよ、と僕は心の中で叫んだ。百戦錬磨の橋本もここまでのディテールは教えてくれなかった。

試しにねじりながら入れようとしてみたものの、スルッと滑ってかわしてしまう。

緊張と焦りが僕を襲う。

「はじめてじゃ仕方ないよ。」とサオリちゃんは言った。優しく余裕のあるその言葉が、僕には重たくのしかかるように感じられた。

しかたがないので、再度パーツクリーナーでボンドを剥がしてグリップを外す。今度はボンドの量を少し減らして再度突っ込んでみる。意外にも、ねじる方向の力ではなく、上下左右の動きを加えつつ押し込むことでうまく入っていくようだ。

新しいグリップは細身になっていて操作性が気持ち増した。デザインについても、僕が選んだストリートタイプは赤いアクセントカラーが少なめでちょっと古い車両にも違和感なく馴染む。

寒い季節にも関わらず、想定外の力仕事に汗だくになってしまったが、なんとかグリップ交換を終えることができた。

上下左右に探りながら押し込むことですんなりと入るポイントがある。ここまできたら、あとはもう勢いである。比較的細身の僕のグリップも奮闘している。

さびれたホテルの室温は少し低かったが、終わった頃には僕は汗だくになっていた。

それから2ヶ月後、バイト先の店が閉店した。どうやら経営状態が芳しくなかったようだ。バイト代の支払いが遅れていたのもそのせいだったんだろう。

サオリちゃんとはその後もしばらく連絡を取っていたけど、次第に返事が来なくなってそれきりだ。

何がいけなかったんだろうかと百戦錬磨の橋本に聞いてみると、「愛が足りなかったんだよ」と彼は言った。

そんなことない、と言い返そうとしたけど、はっきり言い切れるほどサオリちゃんのことを大切にしていたのか、僕には自信がなかった。

道の駅やパーキングエリアなどで綺麗に整備されたバイクをみると、オーナーの愛情が伝わってくる。そんな風に愛情を注がれたバイクは、きっと何万キロも、何十万キロも走ってくれることだろう。

大切だって分かっているつもりでも、その存在が当たり前になると、知らず知らずのうちに扱いがぞんざいになってしまうことがある。それがどれだけ大切か気付くのは、失ってからだったりする。

今回、バイク屋さんに掃除のポイントや僕の素人整備の良くなかった点など、色々なことを教えてもらった。そんなこともあって来年はバイクのメンテナンスのやり方を少し見直してみようと思う

今度は「愛が足りなかったんだよ」なんて、橋本に言われないようにしたいものである。